ABA基礎研修 総集編
〜子どもを理解し、育むための科学的アプローチ〜
このページは、全14回にわたるABA基礎研修のすべての内容を網羅した完全ガイドです。支援の「振り返りノート」としてご活用ください。
第1回 応用行動分析(ABA)の基本原則
はじめに:なぜ行動を「分析」するのか?
私たちは毎日、子どもの様々な行動に触れています。その中には、私たちを笑顔にさせてくれるポジティブな行動もあれば、どう対応すれば良いか悩んでしまう行動もあります。応用行動分析(ABA:Applied Behavior Analysis)とは、子どもの行動を「良い/悪い」で主観的に判断するのではなく、「なぜ、その行動が起きるのか?」を科学的に、客観的に分析し、支援に繋げていく考え方です。この「なぜ?」を解き明かすことで、私たちは問題行動そのものを叩く(叱る)のではなく、その行動の根本にある原因にアプローチできるようになります。ABAは、子どもを理解するための最も強力な「科学のメガネ」なのです。
行動を科学する①:すべては「行動」である
ABAで「行動」と呼ぶものには、厳密な定義があります。それは「誰が見ても同じように観察でき、測定できる動き」のことです。
「行動」の例(〇)
- イスから立ち上がって歩く。
- 手でブロックを叩く。
- 「いやだ」と首を横に振る。
- 床に寝転がる。
「行動」ではないものの例(×)
- 落ち着きがない。
- 反抗的だ。
- やる気がない。
- わざとやっている。
なぜ、このような区別が重要なのでしょうか?「落ち着きがない」という言葉は、人によって捉え方が違います(A先生は1分間座れないこと、B先生は体を揺らすことと捉えるかもしれません)。これでは、チームで一貫した支援を行うことができません。支援者間で共通の認識を持つために、「5分間、椅子に座っていられない」のように、客観的な「行動」の言葉で話すことが、科学的支援の第一歩です。
行動を科学する②:ABC分析
ABAでは、行動を「Bに行動(Behavior)」、その直前の状況を「Aの先行事象(Antecedent)」、その直後の結果を「Cの後続事象(Consequence)」という3つの要素に分解して考えます。これがABC分析です。
A
先行事象 (Antecedent)
(行動のきっかけとなる状況)
B
行動 (Behavior)
(具体的なふるまい)
C
後続事象 (Consequence)
(行動の直後の結果)
例:「ママが電話を始めたら(A)、子どもが奇声をあげた(B)、するとママが電話をやめてこちらを見た(C)」
重要なのは、未来の行動(B)に影響を与えるのは、その直後の結果(C)であるという点です。行動の直後に「良いこと」が起きれば、その行動は未来に起きやすくなり(増え)、「嫌なこと」が起きたり、「良いこと」がなくなったりすれば、その行動は起きにくく(減り)なります。私たちの関わり(C)が、子どもの未来の行動(B)を形作っているのです。
第2回 行動を増やす「強化」の理論と実践
はじめに:行動の「エンジン」を動かす
前回の研修では、行動の仕組みを「A(先行事象)→B(行動)→C(後続事象)」というABC分析で捉えることを学びました。行動は、その直後の結果(C)によって、未来に起きやすくなったり(増えたり)、起きにくくなったり(減ったり)します。今回学ぶ「強化(きょうか)」とは、望ましい行動を未来に起きやすくする(増やす)ための、ABAの根幹をなす最も重要な手続きです。「強化」を理解し使いこなすことは、子どもの行動の「エンジン」をかけ、やる気や「できた!」という自信を引き出すための鍵となります。私たちは、子どもを力ずくで動かすのではなく、この「強化」の原理を使って、子どもの自発的な成長を後押ししていきます。
「強化」の絶対的なルール
「強化」とは、ある行動の直後に、その子にとって「良いこと」が起きた結果、将来、その行動が再び起きる可能性が高まる(行動の頻度が増える)プロセス全体を指します。
絶対的なルール
支援者が「褒めたつもり」「ご褒美をあげたつもり」でも、その結果として子どもの行動が増えなければ、それは「強化」とは呼びません。あくまで、行動が増えたかどうかという「結果」がすべてです。
2種類の強化:「足し算」と「引き算」
強化には、子どもの行動を増やすための2つのアプローチがあります。
① 正の強化(快の足し算)
行動の直後に、子どもにとって嬉しいこと(褒め言葉、好きな遊びなど)が「足される(+)」ことで、その行動が増えるプロセス。私たちが最も積極的に使うべき関わりです。
例:「かして」と言えたら(B)、笑顔で褒められたり、おもちゃを貸してもらえたりする(C+)。 → 将来、「かして」と言う行動が増える。
② 負の強化(不快の引き算)
行動の直後に、子どもにとって嫌なこと(嫌いな食べ物、難しい課題など)が「引かれる(-)」ことで、その行動が増えるプロセス。「罰」とは全く違います。
例:泣き叫んだら(B)、嫌いなピーマンがなくなった(C-)。 → 将来、泣き叫ぶ行動が増えてしまう…
私たち支援者が良かれと思って、あるいは困ってしまって取った行動が、意図せず子どもの不適切な「逃避」行動を「負の強化」してしまっているケースは、現場では非常によく起こります。
【コラム】”強化”と”賄賂(わいろ)”の違い
この二つは似ていますが、目的とタイミングが全く異なります。私たちは、子どもの成長を促す「強化」を使います。
| 強化 | 賄賂 | |
|---|---|---|
| 目的 | 望ましい行動を教え、育てる | 不適切な行動をその場で止める |
| タイミング | 行動が起きた「後」 | 行動が起きている「最中」 |
| 例 | 「靴を履けたら、シールを貼ろうね!」 | 「泣き止んだら、お菓子をあげるから!」 |
行動のガソリン:「強化子」を見つけよう!
「強化子」とは行動を増やす力を持つ、具体的なご褒美のこと。何が強化子になるかは、大人の思い込みではなくその子自身が決めます。強化子は大きく3つのカテゴリーに分けられます。
社会的強化子
褒め言葉、笑顔、ハイタッチ、くすぐりなど、人との関わりの中で生まれるもの。
活動強化子
ブランコ、散歩、追いかけっこ、動画視聴など、子どもが好む「活動」。
物的強化子
シール、おもちゃ、お菓子など、具体的な「物」。
強化を効果的に使うための「5つのルール」
- 即時性:行動の直後すぐに!良い行動から時間が経ってしまうと、子どもは何に対して褒められたのか分からなくなってしまいます。
- 随伴性:決めた行動の時だけ!褒めたい行動と強化子を、一対一の関係で結びつけます。いつでも気まぐれにご褒美を与えてしまうと、効果が薄れてしまいます。
- 具体性:具体的に褒める!「えらいね」と漠然と褒めるより、「〇〇ができたね!」と、どの行動が良かったのかを具体的に言葉で伝えることで、子どもは学習しやすくなります。
- 変化:飽きさせない工夫!同じ強化子ばかりだと、子どもは飽きてしまいます(飽和)。強化子のメニューを複数用意し、子どものその日の気分に合わせて変化させることが重要です。
- 大きさ:頑張りに見合った量!簡単なことには小さな強化子を、難しいことに挑戦した時は、より価値の高い大きな強化子を用意することで、モチベーションを維持できます。
第3回 アセスメント①:フリーオペラント観察
はじめに:支援は「正しいアセスメント」から始まる
「アセスメント」とは、支援を始める前に、子どものことを正しく知るための「評価」や「情報収集」のことです。適切なアセスメントがなければ、支援はただの「勘」や「思い込み」になってしまいます。特に、前回学んだ「強化」を効果的に行うためには、その子のやる気の源である「強化子」が何かを正確に把握する必要があります。
なぜ、ただ聞くだけではダメなのか?
「〇〇くん、何が好き?」と聞くだけでは、十分な情報を得られないことが多くあります。それには、以下のような理由があります。
- 言葉でうまく表現できない子もいる。
- 「好きなものは?」と聞かれると、いつも同じもの(アンパンマン、電車など)を答えてしまうことがある(本当は他にも好きなものがあるかもしれない)。
- その時の気分で答えるため、一貫性がないことがある。
そこで、プロの支援者である私たちは、子どもの「行動」から直接、本心(好み)を読み解くための観察技術を使います。それが「フリーオペラント観察」です。
フリーオペラント観察とは?
定義:子どもが自由に(フリーに)、誰からの指示も制限もなく、環境の中にある様々な物や活動に働きかける(オペラント)様子を、体系的に観察・記録するアセスメント方法です。
目的:大人の思い込みを排除し、子どもが自発的に何に興味を示し、どれくらいの時間それに関わるかをデータとして収集することで、効果的な強化子のリスト(メニュー)を作成すること。
簡単に言えば、「子どもの自由な遊び姿の中に、宝物(強化子)を見つけるための、科学的な観察」です。例えるなら「人気のおもちゃランキング調査」です。お店にたくさんのおもちゃを並べて、子どもたちがどのコーナーに一番長く滞在するかを調べるようなものです。大人の「これが好きだろう」という思い込みを一旦横に置いて、子どもの行動という客観的なデータに耳を傾ける。これが、科学的支援の第一歩です。
フリーオペラント観察の進め方
Step 1:環境の準備
子どもが興味を示しそうな、様々な種類のおもちゃや活動を、子どもが自由に手に取れるように配置します。(例:ブロック、ミニカー、パズル、絵本、お絵描きセット、音の出るおもちゃなど)。おもちゃ箱に全部入っている状態ではなく、床や棚にバランスよく配置してあげましょう。この時、支援者は指示や声かけを一切しません。
Step 2:観察と記録
子どもが部屋に入ってから、「何(どのおもちゃ)に」「どれくらいの時間」関わったかを、ストップウォッチなどを使って計測し、記録用紙に記入します。関わり方(ポジティブな発声、表情など)もメモしておくと、より質の高い情報になります。観察時間は、5分~10分程度を目安に行います。
Step 3:データの解釈と活用
観察記録を集計し、関わった時間の合計が長いものほど、その子にとって強力な強化子である可能性が高いと仮説を立てます。この結果を基に、「強化子メニュー」を作成し、支援の中で「課題を頑張ったら、ミニカーで遊ぼう!」といった形で活用します。一度だけでなく、日や時間を変えて複数回行うことで、より信頼性の高いデータが得られます。
観察のポイントと注意点
- 支援者は「空気」になる:観察中は、子どもの視界に入らないようにしたり、話しかけたり、視線を合わせたりしないようにします。大人の存在が、子どもの自然な行動を妨げてしまう可能性があるからです。
- 「関わっている」の定義を明確にする:ただ触っているだけか、それを使って遊んでいるのか。事前に「〇秒以上、対象に視線を向け、手で操作している状態」など、記録のルールを決めておくと、誰が観察しても同じ精度のデータが取れます。
- 安全への配慮は怠らない:観察中も、子どもの安全からは決して目を離さないでください。危険な行動があれば、もちろん介入します。
第4回 行動を教える技術(プロンプトとシェイピング)
はじめに:どうすれば「できる」ようになる?
これまでの研修で、望ましい行動を増やすための「強化」の重要性を学びました。しかし、ここで一つの壁にぶつかります。「そもそも、強化したい望ましい行動が、子どもから一向に出てこない場合はどうすればいいの?」例えば、「ありがとう」と言ってほしいのに、子どもが全く言わない。このままでは、褒めてあげる(強化する)機会が永遠に訪れません。このような時に使うのが、新しい行動やスキルを教えるための積極的な技術です。今回は、子どもが成功体験を積みながら、着実に「できる」ようになるための2つの強力なテクニック、「プロンプト」と「シェイピング」を学びます。
プロンプト:「できた!」を導く優しい手助け
定義:子どもが課題を正しく遂行できるように、支援者が行動の前や行動の最中に与える「手助け」や「ヒント」のことです。
目的:子どもの間違い(エラー)を最小限に抑え、成功体験を確実に作ること(エラーレス・ラーニング)です。成功した直後にすかさず褒める(強化する)ことで、学習のスピードを格段に上げることができます。「間違い → 叱られる/訂正される」という経験は、子どものやる気を削いでしまうため、プロンプトはこの負の学習サイクルを防ぎます。
プロンプトの種類(手厚い順)
【最重要】フェイディング:そっと手を放す技術
子どもがスキルを覚え始めたら、プロンプト(手助け)を徐々に減らしていくことです。これをしないと、子どもが「ヒント待ち」「指示待ち」になってしまい、自立には繋がりません。私たちの仕事は、手厚いサポートで成功体験を作ってあげ、自信がついた頃合いを見計らって、そっと手を放し、一人で歩いていけるように見守ることです。プロンプトは、あくまで自立のための一時的な「補助輪」なのだと、常に意識してください。
シェイピング:「小さなできた!」を繋ぐ技術
定義:最終目標となる行動を、達成可能な非常に小さなステップに分解し、目標に少しでも近づく行動が見られたら、それをすかさず褒めて(強化して)いく方法です。複雑なスキルを教えるときに特に有効です。
シェイピングの進め方(例:発語で「やまだたろう」と言う)
「あー」の声を褒める
「や」の発音を褒める
「やま」「やまだ」を褒める
「やまだたろう」を褒める
シェイピング成功のコツ
- 到達可能な目標から始める。
- 小さな進歩を見逃さず強化する。
- 基準を少しずつ上げていく(一つのステップが安定したら、前のステップはもう褒めない)。
- 焦らず、時には戻る勇気も持つ。
第5回 問題行動の理解:機能的アセスメント
はじめに:行動は「メッセージ」である
私たちは、子どもの叩く、叫ぶ、物を投げるといった行動を目の当たりにすると、つい「問題行動」と捉え、それを止めさせることに意識が向きがちです。しかし、ABAではその視点を180度転換します。「すべての行動には、理由(機能)がある」。子どもたちは、私たちを困らせるためにその行動をしているのではありません。彼らなりの方法で、何かを伝えようとしています。言葉で「助けて」「見て」「やめたい」と伝える代わりに、行動でメッセージを発しているのです。私たちの役割は、その行動を罰することではなく、行動の裏に隠されたメッセージを解読する「行動探偵」になることです。そのための科学的なプロセスが「機能的アセスメント」です。
なぜ行動するのか?:4つの機能(目的)の復習
問題行動も、必ずこのいずれかの機能を持っています。
① 要求 (Access)
「あれが欲しい!」「〇〇がしたい!」
② 注目 (Attention)
「こっちを見て!」「私にかまって!」
③ 逃避 (Escape)
「これをやりたくない!」「この場所から逃げたい!」
④ 感覚 (Sensory)
「これが気持ちいい!」「この刺激が落ち着く!」
【最重要ポイント】行動の「見た目(形)」と「目的(機能)」は違います。「机を叩く」という同じ行動でも、機能が異なれば、効果的な対応も異なります。機能を見誤った支援は、逆に行動を悪化させてしまう危険性すらあります。
機能的アセスメントの進め方:行動探偵の捜査手順
主に3つのステップで進められます。
- 標的行動を明確に定義する:「暴れる」のような曖昧な言葉ではなく、「両手で相手の肩を押す」のように、誰が見ても同じ光景を思い浮かべられる具体的・客観的な言葉で行動を定義します。
- 情報を集める(聞き込みと張り込み):保護者や担当スタッフなど、子どものことをよく知る人に面接したり、質問紙に答えてもらったりして情報を集めます(間接的アセスメント)。そして、子どもがいるその環境で、実際に標的行動が起きている場面を直接観察し、ABCデータを取ります(直接的アセスメント)。
- データからパターンを分析し、仮説を立てる:集めたABCデータを複数見比べ、「どんな状況(A)の時に、その行動(B)が起きやすく、その結果どうなっている(C)ことが多いか」というパターンを探します。パターンから、「この行動の機能は、おそらく〇〇だろう」という仮説を立てます。この仮説が、後の支援計画の土台となります。
第6回 問題行動への対応:介入の基礎
はじめに:行動を変えるための「地図」
前回の研修で、私たちは「行動探偵」として、問題行動の裏にあるメッセージ(機能)を解読する方法を学びました。機能の仮説が立てられた今、私たちはようやくスタートラインに立ったことになります。今回の研修では、その仮説という「地図」を元に、どのようにして問題行動を減らし、代わりに望ましい行動を増やしていくか、その具体的な介入(支援)の基本戦略を学びます。ABAの介入は、単に行動を「消す」ことを目指しません。子どもがより良い方法で自分の要求を伝え、社会に適応していけるスキルを教えること、つまり「行動のレパートリーを豊かにする」ことを目的とします。
介入のゴールデンルール:「代替行動」を教える
問題行動への対応で、最も重要な原則がこれです。問題行動をただ「ダメ!」と禁止するだけでは、根本的な解決にはなりません。その行動が果たしていたのと同じ機能(目的)を持つ、より適切で望ましい行動(代替行動)を教え、それを育てる必要があります。代替行動とは、問題行動の代わりに、同じ目的を達成できる、社会的に受け入れられやすい行動のことです。子どもは、その目的を達成する他の方法を知らないからこそ、問題行動という手段に頼っています。その手段をただ奪うだけでは、子どもは欲求不満になり、さらに強い問題行動に出るかもしれません。新しい「便利な道具(代替行動)」を渡してあげることで、子どもは問題行動に頼る必要がなくなります。
介入の技術:「分化強化」を使いこなす
「望ましい行動だけを選んで褒める」ための具体的な手続きが「分化強化」です。
① DRA (代替行動分化強化)
【最重要】問題行動の代わりになる適切な行動を強化する。(例:「叩く」は無視し、「かしてカード」を渡せたら褒める)
② DRI (拮抗行動分化強化)
問題行動と物理的に両立できない行動を強化する。(例:「手を叩く」代わりに「両手で粘土遊び」を促し強化。両手を使っていれば、手を叩くことはできない)
③ DRO (他行動分化強化)
問題行動が起きなかった時間そのものを強化する。(例:タイマーを使い「3分間座れた」という事実を強化)
介入の重要局面:消去と消去バースト
消去とは、これまで問題行動を維持させていた「ご褒美」(例:注目、お菓子、課題からの解放)を、意図的かつ徹底して与えなくする手続きです。目的は、子どもに「この行動をしても、もう良いことは起きない」と学習してもらうことにあります。単なる「無視」ではなく、行動の機能を分析した上で行う科学的なアプローチです。
副作用:消去バーストに注意!
「消去」を始めた直後、問題行動が一時的に悪化・激化する現象です。これは支援が効き始めている証拠であり、正常な反応です。(例:いつもジュースが出てくる自動販売機のボタンを押しても、何も出てこない。すると、私たちはボタンを何度も連打したり、機械を揺さぶったりする)。子どもも全く同じです。今までこの方法で手に入っていたものが手に入らなくなると、一時的に行動はエスカレートします。ここで私たちが「うるさいから」と折れてしまったら、子どもは「ボタンを連打すればジュースが出るんだ!」と学習してしまいます。この嵐のような時期を乗り越えられるかどうかは、支援者チーム全員が、この現象を理論として理解し、「今が正念場だね」と励まし合いながら、一貫した対応を取れるかにかかっています。
第7回 個別支援計画の理解と記録の書き方
はじめに:なぜ「計画」と「記録」が不可欠なのか?
これまでの研修で、私たちは子どもの行動を科学的に理解し、支援するための様々な「道具(ABAの知識や技術)」を手に入れてきました。しかし、どんなに良い道具を持っていても、「どこへ向かうのか(目標)」が定まっていなければ、支援はただの行き当たりばったりになってしまいます。また、「どんな道のりを歩んできたのか(経過)」を記録しなければ、チームで情報を共有することも、支援が正しかったのかを振り返ることもできません。個別支援計画は、私たちの支援の「羅針盤であり、設計図」です。そして、日々の支援記録は、その設計図通りに支援を進め、航路を確かめるための「航海日誌」なのです。これらは、私たちの支援がプロフェッショナルなものであるための根幹をなす、極めて重要な業務です。
個別支援計画:子どもの成長を支えるロードマップ
個別支援計画とは、子ども一人ひとりの発達状況や特性、本人および保護者の意向を踏まえ、支援の目標(ゴール)と、その達成に向けた具体的な支援内容・方法を定めた、個別の計画書のことです。これは、単なる「書類」ではありません。子ども、保護者、そして私たち支援者全員が、同じゴールを目指して進むための「共通の地図」です。
支援の心臓部:PDCAサイクル
個別支援計画は、一度作ったら終わりではありません。子どもの成長に合わせて、常に見直しと改善を繰り返す「PDCAサイクル」で動いています。
「良い目標」の立て方:SMART原則
目標は、支援の方向性を決める最も重要な要素です。特に、日々の支援の道しるべとなる短期目標は、SMART原則を意識して、具体的で測定可能なものにする必要があります。
Specific (具体的)
Measurable (測定可能)
Achievable (達成可能)
Relevant (関連性)
Time-bound (期限)
支援記録の書き方:事実は事実、解釈は解釈
記録は感想文ではありません。ビデオカメラになったつもりで、「客観的な事実」だけを記述することが鉄則です。「わざとやった」「反省していない様子」は主観・解釈であり、NGな記録です。もし解釈を記述する場合は、「(~のように見えた)」などと、事実と明確に区別して書く必要があります。
第8回 自然な文脈で教える①:NBDIの理論
はじめに:療育は「訓練」の時間だけではない
これまでの研修で、私たちは特定のスキルを教えるための様々な技術(プロンプトやシェイピングなど)を学んできました。それらは多くの場合、机に向かって1対1で集中して行うような、構造化された環境で非常に有効です。これを「DTT(ディスクリート試行法)」的なアプローチと呼びます。しかし、子どもたちの生活は、机の上だけで完結するわけではありません。私たちが目指す最終ゴールは、子どもが学んだスキルを日常生活のあらゆる場面で自発的に使えるようになること(般化)です。そのためには、構造化された教え方だけでなく、遊びや生活といった自然な文脈の中で発達を促していくアプローチが不可欠になります。その代表的な考え方が「NBDI(エヌビーディーアイ)」です。
NBDI(自然主義的行動発達アプローチ)とは?
Naturalistic Behavioral Developmental Interventionsの略。ABAの原理を、子どもの自発的な興味・関心や、日常生活の自然な流れ(文脈)の中に組み込んで、コミュニケーションや社会性などのスキルを教えていくアプローチの総称です。大人が設定した課題を子どもにやらせるのではなく、子どもが今、興味を持っていること(モチベーション)を利用して、その子の「学びたい!」を引き出すのが核心的な考え方です。
DTT vs NBDI:車の両輪
どちらが良い/悪いではなく、目的や子どもの状態に応じて使い分ける、支援の車の両輪です。
DTT:個別指導塾モデル
- 主導権:大人主導
- 場面:机上など構造化された場面
- ご褒美:行動と無関係なことが多い(シール等)
- 得意なこと:物の名前など、特定の知識を正確に教える
NBDI:ホームステイモデル
- 主導権:子ども主導
- 場面:遊びや食事など自然な生活場面
- ご褒美:行動と自然に結びつく(言えたらもらえる等)
- 得意なこと:コミュニケーションの自発性を育む
第9回 自然な文脈で教える②:NBDIの実践
はじめに:理論を「使える技術」に変える
前回の研修では、NBDIの理論について学びました。今回は、その理論を実践するための具体的な3つのコア技術を学びます。これらの技術は、皆さんの関わりを「ただの遊び相手」から「子どもの発達を促すプロのパートナー」へと変えるための、強力な武器となります。
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① モデリング:「やってみせる」ことで教える
支援者が、子どもに期待する行動(言葉や動作)を、分かりやすく「お手本」としてやってみせることです。言葉で説明されるよりも、実際に見る方が、子どもはずっと理解しやすいため、成功体験をさせやすく、エラーレス・ラーニングに繋がります。
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② タイムディレイ:「待つ」ことで自発性を引き出す
子どもが何かをしたいと分かっている場面で、すぐに手助けせず、3〜5秒ほど意図的に「待つ」技術です。この数秒の「間」が、子どもの脳をフル回転させ、自発性を育むための魔法の時間になります。「あなたならできるよ」という信頼のメッセージにもなります。
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③ インシデンタル・ティーチング:学びの連鎖を作る
子どもの興味が芽生えた瞬間を捉え、より高度なスキルへと導く、NBDIの集大成とも言える技術です。子どもの働きかけをきっかけに、支援者が促し、子どもの応答を引き出し、すかさず強化する、という一連の流れを自然な会話の中で行います。
第10回 コミュニケーション支援の基礎
はじめに:コミュニケーションの「本質」とは?
「コミュニケーション」の本質は「自分の意思を相手に伝え、相手の意思を理解すること」にあります。その手段は、言葉だけではありません。ABAでは、このようなコミュニケーション行動全般を「言語行動(Verbal Behavior)」と呼びます。これは「話すこと」だけを指すのではなく、他者を介して自分の望む結果を得るための、あらゆる行動を含みます。
言語行動(Verbal Behavior)の機能:言葉の「使い道」
同じ「りんご」という言葉でも、その「使い道(機能)」は様々です。ABAでは、言語行動を主に以下の機能に分類して考えます。支援の出発点は、子どもの「やる気」に直結するマンド(要求)です。
① マンド (Mand)
要求すること。「りんご!(欲しい)」
② タクト (Tacting)
報告すること。「(絵を見て)りんご!」
③ エコーイック (Echoic)
模倣すること。「りんご」→「りんご」
④ イントラバーバル (Intraverbal)
会話すること。「好きな果物は?」→「りんご」
言葉だけに頼らない支援:AACという命綱
「AAC(拡大代替コミュニケーション)」とは、話すこと以外の、コミュニケーションを補ったり、代わりになったりする、あらゆる方法のことです。言葉が出ないことで「伝えられない」という経験が続くと、子どもは意欲を失い、かんしゃくなどの問題行動に繋がることがあります。AACは、子どもに「伝わった!」という成功体験を保障し、コミュニケーション意欲を維持・向上させるために不可欠です。
代表例①:PECS® (絵カード交換式)
絵カードを相手に「渡す」ことで要求を伝える、自発性を重視した指導法です。
代表例②:サインやジェスチャー
特別な道具が不要で、いつでもどこでも使える身体表現です。
第11回 集団療育へのABA理論の応用①:プログラム立案
はじめに:個別支援から集団支援へ
集団療育の目的は、単に複数の子どもを同時に見ることではありません。集団だからこそできる学び、例えば、他者とのやりとり、ルールの理解、模倣学習、順番待ちなどを、意図的・計画的に提供する場です。しかし、集団の中には、発達段階も、得意なことも、苦手なことも、支援の目標も異なる子どもたちが同時に存在します。この複雑な状況を成功に導く鍵は、ABAの原理に基づいた周到な「プログラム立案(プランニング)」にあります。
集団療育の二つの視点:「集団のねらい」と「個別のねらい」
優れた集団療育プログラムは、常に「集団全体」と「個々の子ども」という二つの視点を持っています。一つの活動の中に、この二つのねらいを明確に設定することが、計画の第一歩です。
成功のための事前準備:先行事象(A)の工夫
問題行動は、起きないように環境を整えることが最も効果的です。活動の構造化(絵カードのスケジュールなど)、物理的な環境設定(座席配置など)、ルールの明確化(肯定的な言葉で視覚的に提示)といった工夫が求められます。
集団を動かす「強化」の仕組み:グループ強化
個々の望ましい行動を褒めることに加え、集団ならではの「グループ強化」で一体感を育みましょう。例えば「お星さまポスター」のように、個人の頑張りがチーム全体の報酬に繋がる仕組みを作ることで、「みんなで頑張ろう!」という一体感や、子ども同士で褒め合うなどのポジティブな相互作用が生まれやすくなります。
第12回 集団療育へのABA理論の応用②:SST
はじめに:ソーシャルスキルとは何か? なぜ教える必要があるのか?
「ソーシャルスキル」とは、私たちが社会(集団)の中で、他者と円滑で良好な関係を築きながら、自分らしく生きていくために必要な、具体的で学習可能な行動(スキル)の総称です。発達に特性のある子どもたちにとって、ソーシャルスキルは「暗黙のルール」の塊であり、自然に身につけることが非常に困難な場合があります。彼らにとって、ソーシャルスキルは、国語や算数と同じように、一つひとつ分解し、具体的に、そして繰り返し練習する必要がある「教科」なのです。そのための効果的な教育手法が、ABAの原理に基づいたSST(ソーシャルスキルトレーニング)です。
SSTの基本構造:成功体験をデザインする「型」
SSTは、単なる「お話し合い」ではありません。スキルを具体的行動として習得させるための、科学的に検証された一連の手続き(型)に沿って進められます。
【SSTの最終ゴール】般化への働きかけを忘れない
SSTの部屋だけでスキルが完璧にできても、実生活で使えなければ意味がありません。「般化」とは、練習したスキルを、異なる場所、異なる人、異なる状況でも自発的に使えるようにすることです。宿題を出したり、自由遊び中に意図的に機会を作ったり(トラップを仕掛ける)、チームで情報を共有して見逃さず強化したりして、意識的に般化を促す必要があります。
第13回 集団療育へのABA理論の応用③:環境設定
はじめに:環境は「物言わぬ支援者」である
部屋のレイアウト、掲示物、音、光といった「環境」そのものが、子どもたちの行動を誘発したり、抑制したりする強力な力を持っています。つまり、環境は「物言わぬ、しかし常に働きかけ続ける支援者」なのです。ABAのABC分析で言えば、環境設定は最も重要な「A(先行事象)」のコントロールです。そもそも問題行動が起きにくい、そして望ましい行動が自然と引き出される環境を意図的にデザインすることが、プロアクティブ(先を見越した)支援の第一歩です。
環境設定の3つの柱
① 物理的な環境
空間の区切り方(ゾーニング)や座席の配置、刺激のコントロールで、子どもの行動と集中力をデザインする。
② 視覚的な支援
見てわかる情報(スケジュール、手順書、ルールの掲示)で、先の見通しという「安心」と、行動の基準となる「ルール」を伝える。
③ 感覚的な環境
一人ひとりの感覚特性(聴覚・視覚過敏、感覚欲求など)に配慮し、「心地よい」と感じられる学びの場を作る。
第14回 総まとめ:ケーススタディと目標設定
はじめに:知識を「実践の力」へ
ABA基礎研修、お疲れ様でした。最終回の目的は、これまでの断片的な知識を、実際の支援場面で使える「統合された力」へと昇華させることです。一人の子どもの事例を通して、アセスメントから支援計画の立案までの一連の流れを実践します。この経験が、皆さんの専門家としての大きな自信となるはずです。
ケーススタディ:Aくんの支援について考えよう
Aくん(5歳・年中)
主訴:友達とのトラブル(おもちゃの取り合い、叩く)、要求が通らない時のかんしゃく。
アセスメント情報:単語中心の発語。他者への関心はあるが関わりは苦手。ミニカーが好き。
エピソード例:①プラレールを無言で奪い叩いてしまう。②おやつのおかわりを拒否され10分以上泣き叫び、結果ゼリーをもらえた。③SSTで使ったマイクを離さない。
【解答例】支援計画のポイント
- アセスメント:
①の行動は【要求】+【注目】、②の行動は【要求】+【逃避】の機能を持つと仮説を立てる。特に②は泣き叫ぶことで要求が通っており、行動が強化されている点に注意する。
- 支援計画(代替行動):
①に対しては「かして」の絵カードを渡す練習、②に対しては「おしまい」のカードを受け入れる練習(例:「わかった」のジェスチャー)を設定する。
- 支援計画(環境・対応):
事前にスケジュールで予告する(先行事象)。代替行動が見られたら最大限褒め、問題行動は強化しない(後続事象)。
- 連携:
保護者や園と行動の「機能」についての視点を共有し、一貫した対応ができるよう具体的なツール(絵カード等)を提案し協力を依頼する。
これからの目標設定
この研修はゴールではなく、スタートラインです。研修で得た知識と経験を元に、自身の課題を明確にし、明日からの具体的な行動目標を設定することが、専門家としての成長に繋がります。

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